こんにちは。ぽてまるです。
今日は釣りから学ぶ子どもへの命の教育を考えます。いたって真面目です。完全に個人的意見なので異論は受け付けません。意見は受け付けますw
釣りを通して命を考える
まずは人としてのモラルの問題・・・
とある日、私が釣りしてる隣でボラが釣れた親子に出くわしたことがあります。


おとうさ~ん!この魚大きいね!食べれるの?

ううん、とても臭くて食べれないよ。放っとき。
と言ってそのままアスファルトの上に放置し、リリースする様子もありませんでした。まあ、この時点でも、

おいおいおい!食べられないから放置かよ!?せめてリリースしろし!
しかも子どもの前で!食べられないから海に返してあげようね。って言ってください。ってか言え!
のような感じで思ってました。
そしてその親子は釣りを終えて片付けはじめ、最後にアスファルトに取り残されてるボラはどうするか気にして見てました。

よしっ!片付けも済んだし帰るぞ!
と言って親子は車に乗り込み、釣り場を後にして帰ってゆきました。。。

えっ?ボラはどうするの?置きっぱなしかいっ!!
・・・あなたの脳ミソはカラスミと入れ替えたほうがまだマシなようですね。。。
このように命をないがしろにする行為は、許せません。ましてや子ども連れ。
子どもが
「あ、食べられない魚は放置して死んじゃってもいいんだね。」
って考えるようになったらどないすんねん!
子どもから生まれる素朴な疑問

じゃーね、ミミズとかイソメは殺していーの?いつもちぎって針に刺してるけどいーの?

どきっ!?鋭い・・・。
そこは釣り人の治外法権だからいいんだよ。。。とは言えない。

ミミズはね。ほら。いつもニョロニョロしてるでしょ?ちぎってもニョロニョロしてるでしょ?
うひょ ひょ ひょ ひょ にょろろーん!(滝汗)
結局、生き物に対して順位を付けてしまうんですよね。ミミズの命とクジラの命を同等に見ることなどできません。だって人間だもの。
ここで言いたいのは順位を付けることが間違っていることではなく、 何をしようとも失われていく命は必ずあるということです。
子どもにこの辺の話をするのは難しいですが、小さな命と触れ合っていくことでおのずと理解していってくれるものだと思います。実際、私たち大人もそうですから。
子どもに捌くのを見せるのは?

私の知り合いですが、幼少期に祖父が鳥を捌くのを目の前で見せられ、トラウマとなり、鳥が食べれなくなった方がいます。
食育とは言っても、予備知識がないままいきなり目の前で鳥が絶命するところを見せられたらそれはショックでしょう。。。まあ、鳥と魚ではまた違うかもしれませんが。
個人的な意見ですが、生きたままの新鮮な魚にいきなり包丁を入れ、頭取って内臓を取り出しちゃうところを子ども(保育園、低学年あたり)に見せるのはあまり良くない気がします。まぁ、お子さんの個人差ももちろんあるでしょうけどね。
うちの子どもは生き物大好きなんですが、生きている魚を締めて捌くところを見せてしまい、号泣されたことがあります。
かわいそうという気持ちが芽生えるのはもちろん大事なことですが、もしショックがゆえに魚が食べられなくなったらと思うと、ちょっとあかんかったなと反省しています。
そして私が出した結論は
まずは子どもには既に息絶えた魚を捌くところから見せる!
です。絶命する瞬間が見えない分、生々しさはだいぶやわらぎます。そこから徐々に慣らしていきましょう。
実際、うちの子どもにもう動かなくなった魚を捌くところを見せたときは普通にだいじょうぶでしたw 今となっては鱗取りとかを手伝ってくれますw
釣りは命の大切さを学べるレジャー(スポーツ)

普通にどこの家庭でも食卓に出てくる肉や魚。既に加工済みのため、命あるものをいただいているという感覚は薄くなってしまいますよね。
魚釣りは楽しんだ結果、魚の命を奪ってしまうことになりえるレジャーです。
人間以外の動物は自分の食べる分の最小限の生き物しか殺さない。サメとかでも満腹の時は目の前の魚を素通りしますしね。
そうやって考えると人間は、最小限どころか必要以上に殺してますよね。人間も必要以上の生き物を殺さないようにするべきだ!とまで言うつもりはありませんが
自分が手にかけた魚の命には責任もって欲しいものです。
釣れた魚を食べるなら、命に感謝していただく。食べないならなるべく魚にストレスがかからないようリリースするよう心がけ、それを子どもに伝えていきましょう。
では、子どもたちが釣りを好きになり、生き物を大切にする未来を願って明日も笑って良き釣りライフを( ´∀`)ノシ



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